「大げさだろ。仮病じゃないの?」
夫がそう言った瞬間、私の中で何かが壊れた音がした。
私は31歳。夫と結婚して5年。子供はまだいない。
最近、体調が優れなかった。
めまい、吐き気、激しい腹痛。最初は「疲れかな」と思って我慢していたけど、どんどん悪化していった。
夫に「病院行ってくる」と言うと、「また?この前も行ったじゃん。医者に行き過ぎだろ」って。
でも我慢できなくて、病院で精密検査を受けた。
結果が出るまで1週間。その間も体調は悪化し、仕事を早退することが増えた。
そして検査結果の日。
医師の顔が真剣だった。
「深刻な病気が見つかりました。すぐに治療を始める必要があります」
病名を聞いた時、頭が真っ白になった。命に関わる病気だった。
「入院して治療に専念してください。仕事は休職を勧めます」
帰宅して夫に伝えた。
「あのね、病院で深刻な病気が見つかって…入院が必要らしいの」
夫はスマホをいじりながら「へえ」と生返事。
「ねえ、聞いてる?入院するの」
「大げさだろ。仮病じゃないの?」
は?
「仮病じゃないよ。ちゃんと検査して、医師が入院が必要だって…」
「医者なんて大げさに言うんだよ。大したことないって。それより晩飯は?」
涙が出そうになった。
「私、本当に辛いの。信じてよ」
「はいはい。で、晩飯は?」
夫は全く取り合ってくれなかった。
翌週、入院した。2週間の予定。
入院初日、夫は仕事だからと見舞いに来なかった。
2日目も来ない。
3日目、私から連絡した。
「少しでいいから顔見せに来てくれない?」
「忙しいんだよ。そっちは病院で寝てるだけだろ」
寝てるだけ?
私は毎日、辛い治療を受けている。副作用で吐き気と倦怠感が酷い。
でも夫は理解してくれない。
1週間経っても、夫は一度も見舞いに来なかった。
代わりに母が毎日来てくれた。母は夫の対応を聞いて激怒していた。
「あんな男、別れなさい」
「でも…夫婦だから…」
「夫婦なら尚更、病気の時に支えるべきでしょ。あの人はあなたが一番辛い時に何してるの?」
母の言葉が胸に刺さった。
入院8日目、夫から信じられないLINEが来た。
【続き】
「早く退院して家事やれよ。家が散らかってるんだけど」
私は返信する気力もなかった。
入院10日目、夫がやっと見舞いに来た。義母に「一度くらい行きなさい」と言われたらしい。
でも夫は病室に入るなり「で、いつ退院するの?」。
「あと4日くらいって言われてる」
「遅いな。俺、家事できないんだけど」
「私だって好きで入院してるわけじゃないよ…」
「でも仮病なんでしょ?そんな元気そうじゃん」
もう何も言えなかった。
夫は10分で帰った。
2週間の入院を終えて退院した日、母が迎えに来てくれた。
「家に帰る?それとも…」
私は決めていた。
「実家に帰る」
「そうしなさい。あんな男のところに戻る必要ない」
実家に戻ると、母が全部世話をしてくれた。温かい食事、清潔な布団、優しい言葉。
これが家族だと思った。
夫からは「いつ帰ってくるの?」とLINEが来たけど、無視した。
数日後、夫から電話。
「おい、いつまで実家にいるんだよ。家事誰がやるんだ」
「知らない。自分でやって」
「は?お前、嫁だろ。仕事があるんだよ」
「私も病気があるんですけど」
「だからそれ、仮病だろ」
プツン。
何かが切れた。
「仮病じゃない。診断書も見せた。なのにあなたは信じてくれなかった。入院中も一度しか来なくて、来ても10分で帰った。私が一番辛い時、あなたは何もしてくれなかった」
「だって俺、仕事忙しかったし」
「もういい。離婚します」
「は?何言ってんの?」
「弁護士に相談済みです。離婚調停の書類、送ります」
電話を切った。
翌日、弁護士と相談した。母が費用を出してくれた。
弁護士は「配偶者の病気を仮病扱いして放置するのは、婚姻関係の破綻原因になります」と言ってくれた。
入院中のLINEのやり取り、夫が見舞いに来なかった記録、医師の診断書。全て証拠として提出した。
離婚調停が始まった。
夫は調停委員の前で「そんなつもりじゃなかった」「忙しかっただけ」と言い訳したけど、証拠は覆せなかった。
調停委員も「配偶者が入院してる時に一度しか見舞いに行かないのは、夫婦の義務を果たしていません」と夫を諭した。
夫が「病気の時は支えられなくてごめん。やり直そう」と今更言ってきたけど、私は首を振った。
「私が一番辛い時に仮病扱いした人は、もう信用できません」
離婚は成立した。
実家で療養を続け、半年後、私の体調は安定してきた。医師も「順調ですね」と言ってくれた。
母の支えと、新しい友人たちの優しさで、私は少しずつ元気を取り戻していった。
それから2年が経った。
共通の知人から、元夫が病気になったと聞いた。
今度は元夫が入院したらしい。
知人が「元旦那さん、入院してるから誰か見舞いに行ってあげてって」と連絡してきた。
私は冷静に答えた。
「私はもう関係ない人です。それに、病気なんて大げさに言ってるだけじゃないですか?仮病かもしれませんよ」
知人は「そんな冷たいこと…」と言ったけど、私は続けた。
「彼が私の病気を仮病扱いした時、私は本当に死ぬかもしれないって怖かった。でも彼は信じてくれなかった。だから私も信じません」
知人は何も言えなくなった。
その後、元夫の病状が本当に深刻だったと聞いた。でも誰も見舞いに行かず、元夫は孤独に入院生活を送っているらしい。
義母からも「息子を許してあげて」と連絡が来たけど、断った。
「お義母さん、私が入院してた時、息子さんは何をしてましたか?」
義母は黙った。
「私を仮病扱いして、見舞いにも来なかった。だから私も同じです。因果応報って、こういうことです」
電話を切った。
今、私は元気になって、新しい仕事を始めた。優しい人たちに囲まれて、穏やかに暮らしている。
元夫のことは、もう何も感じない。
人を大切にしなかった人は、自分が大切にされない。
それだけのことだ。


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