「今いいところだから、後にして」
赤ちゃんが泣き叫んでいるのに、夫はゲームの画面から目を離さなかった。
私は28歳、生後3ヶ月の息子の母親。夫は30歳の会社員。そして重度のゲーマー。
結婚前からゲームが好きだったのは知っていた。でも、ここまでとは思わなかった。
夫は毎日、仕事から帰ると夕食もそこそこにゲームを始める。深夜2時、3時まで。休日も朝から晩までゲーム。
「ちょっと、赤ちゃん泣いてるよ。代わって」
「今ポケモンの途中だから無理。お前がやって」
私は睡眠時間3時間で、フラフラだった。
夫は毎日8時間寝てる。
「私も疲れてるの。少しは手伝ってよ」
「俺は仕事で疲れてるんだよ。お前は家にいるんだから楽だろ」
楽?
24時間、赤ちゃんの世話をして、家事をして、睡眠も満足に取れない生活が楽?
「育児は24時間労働なんだけど」
「大げさだな。赤ちゃんなんて寝てる時間の方が長いだろ。その間休めばいいじゃん」
夫はゲームの画面を見たまま言った。
もう話にならない。
夜中、息子が泣いた。
私は必死であやすけど、泣き止まない。夫はヘッドホンをして、ゲームに夢中。
「ねえ、ちょっと抱っこして」
夫はヘッドホンを外して、舌打ちした。
「はあ。ゲームの邪魔すんなよ。お前が泣き止ませろよ」
「私、もう3日まともに寝てないの。お願い、少しだけでいいから」
「俺だって明日仕事なんだけど。お前は昼間寝られるだろ」
寝られない。息子は昼間も30分おきに起きる。
私は涙が出た。
「もういい。私が全部やる」
「最初からそうしろよ」
夫はまたヘッドホンをつけて、ゲームに戻った。
私は限界だった。
ある日、私は夫に提案した。
「1日だけでいいから、私と役割を交代してほしい」
「は?何それ」
「1日、あなたが育児と家事を全部やって。私は何もしないから」
夫は鼻で笑った。
「育児とか余裕だろ。赤ちゃんの面倒見るだけじゃん」
「じゃあやってみて。土曜日、丸1日お願い」
「いいよ。楽勝だから」
夫は自信満々だった。
しかしこの夫は、すぐ現実を知ることなる…。
【続き】
土曜日の朝。
私は夫に引き継ぎをした。
「息子は2時間おきに授乳。おむつは濡れたらすぐ交換。離乳食はまだだからミルクだけ。泣いたら抱っこ。洗濯物は午前中に干して、掃除機もかけて。夕食の準備も忘れずに」
「わかったわかった。行けよ」
私は友人とカフェに行くことにした。
カフェでゆっくりコーヒーを飲んでいると、夫から電話。
午前10時。
「ちょっと、息子が泣き止まないんだけど」
「ミルクはあげた?おむつは?」
「ミルクあげたけど、まだ泣いてる」
「抱っこしてあやしてみて」
「やってるけど無理。どうすればいいんだよ」
「それを毎日私がやってるの。頑張って」
電話を切った。
30分後、また電話。
「マジで無理。助けて」
「私は今外出中だから無理。あと6時間頑張って」
「6時間!?もう3時間でヘトヘトなんだけど!」
「私は毎日24時間やってるよ」
電話を切った。
午後2時、また電話。
「もう限界。お願いだから帰ってきて」
夫の声は泣きそうだった。
「洗濯物は?掃除は?夕食の準備は?」
「まだ何も…息子が泣いてて無理だった」
「そう。じゃあ私が帰るまでに全部終わらせてね」
「無理だって!」
「私は毎日、全部やってるんだけど」
電話を切った。
午後5時、私は帰宅した。
家の中は悲惨だった。
洗濯物は洗濯機の中で放置。掃除はされてない。夕食の準備もゼロ。
夫はソファで息子を抱いたまま、放心状態。
「おかえり…」
夫の目は虚ろだった。
「どうだった?楽勝だった?」
「無理…マジで無理だった…こんなの毎日やってるの?」
「そうだよ。しかもあなたはゲームしながら『楽だろ』って言ったよね」
夫は何も言えなかった。
私は続けた。
「これを私は毎日、睡眠3時間でやってる。あなたは8時間寝て、仕事から帰ったらゲーム。私がどれだけ大変か、少しはわかった?」
「わかった…ごめん…」
夫は泣きそうな顔で謝った。
「俺、何もわかってなかった。育児ってこんなに大変なんだな」
「そうだよ。だから少しは手伝ってって言ってたの」
「これからは手伝う。ゲームも減らす」
「本当?」
「本当。もう無理。今日1日で育児の大変さが骨身に染みた」
夫は本当に反省しているようだった。
それから、夫は変わった。
仕事から帰ると、まず息子の世話を手伝ってくれるようになった。おむつ交換、お風呂、寝かしつけ。
ゲームの時間も、夜2時間だけにした。
「俺、ゲーム売ろうかな」
ある日、夫が言った。
「え、本当?」
「育児の時間作りたいし。ゲームより息子の方が大事だわ」
私は嬉しかった。
でも、夫は趣味も必要だと思った。
「ゲーム、全部売らなくてもいいよ。週末に2時間くらいならいいから」
「いいの?」
「うん。でも育児をちゃんとやること。約束して」
「約束する」
夫は私を抱きしめた。
「ごめんな。今までひどいことばっかり言って」
「わかってくれただけでいい」
それから2年。
夫は育児に積極的に参加してくれるようになった。息子も「パパ大好き」とよく言う。
ゲームもまだやってるけど、週末の夜だけ。育児と家事を優先してくれる。
先日、夫が友人と飲んでいる時、私から電話がかかってきた。
「ごめん、息子が熱出して。すぐ帰ってきてくれる?」
「わかった、すぐ帰る」
夫は友人に「ごめん、先に帰る」と言って、速攻で帰宅した。
友人が「奥さんに尻に敷かれてるな」と笑ったらしいけど、夫は「違う。家族が大事なだけ」と答えたらしい。
その話を聞いて、私は夫と結婚して良かったと思った。
あの時、1日役割交代をしなければ、夫は今も変わらずゲーム三昧だったかもしれない。
育児の大変さを身をもって体験させたことで、夫は変わった。
今、私たちは協力して子育てをしている。
私の睡眠時間も6時間に増えた。
夫も「育児って大変だけど、楽しいな」と笑顔で言う。
ゲームより、息子と遊ぶ方が楽しいと気づいたらしい。
因果応報とは少し違うけど、夫が反省して変わってくれた。
それだけで、私は満足だ。
家族っていいな、と思える毎日。
夫がゲーム画面じゃなく、息子の顔を見てくれるようになって、本当に良かった。



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