「息子の言う通りよ。産後だからって甘えないで。私の時代はすぐ体型を戻したわ。努力が足りないんじゃない?」
私は絶句した。
「でも、まだ3ヶ月で、育児も大変で…」
「言い訳ばかり。私は3人産んでも体型維持したわよ。嫁として、夫に恥ずかしくない体型を保つのは当然でしょ」
電話を切った後、義姉からLINEが来た。
「母から聞いたけど、ちゃんと自己管理しなよ。産後だからってだらしないのは良くないよ」
私は完全に孤立した。
夫、義母、義姉。全員が私を責める。
私は何も悪いことしてないのに。
それから、私は必死にダイエットを始めた。
授乳中だから過度な食事制限はできない。でも夫の視線が怖くて、食べる量を減らした。
育児の合間に筋トレをした。息子が寝ている隙に、動画を見ながら必死に運動した。
でも体重は減らない。母乳をあげているから、体が栄養を溜め込もうとする。
夫は「まだ痩せないのか」と毎日のように言った。
義母は週に1回電話してきて「体型は戻った?」と聞いてきた。
私は段々と追い詰められていった。
息子を抱いていても、涙が止まらなくなった。
ある日、息子が泣いているのに、私は動けなくなっていた。
体が鉛のように重い。息子の泣き声が遠くに聞こえる。
そのまま意識が遠のいた。
気づいたら病院のベッドの上だった。
隣には、夫と義母がいた。
医師が厳しい顔で言った。
「奥さんは産後うつと過労です。このままでは命に関わる状態でした」
夫が「でも、普通に生活してましたけど」と言うと、医師は怒ったような口調で返した。
「普通に?産後3ヶ月で育児をしながら、過度なダイエットをして、家族からのサポートもない。これのどこが普通ですか?」
「過度なダイエット?」
「奥さんのカルテを見てください。体重が1ヶ月で8kg減っています。授乳中の女性が、こんなに急激に痩せるのは異常です」
医師は夫と義母を見据えた。
「ご主人、あなたは奥さんに何と言いましたか?」
夫は黙っている。
「奥さんから聞きました。『太ったから外を一緒に歩きたくない』と。産後3ヶ月の女性に、ですよ」
義母が「でも、それは…」と口を挟もうとすると、医師は手で制した。
「お義母さんも、奥さんを責めたそうですね。産後の女性を追い詰めて、何が楽しいんですか」
その時、病室のドアが開いた。
義父が入ってきた。
「医者から連絡をもらった。一体どういうことだ」
義父は私のベッドの横に来て、私の手を握った。
「嫁さん、辛かっただろう。すまなかった」
私は涙が溢れた。
義父は夫と義母を睨んだ。
「お前たち、何をやってる。産後の女性を追い詰めて、恥ずかしくないのか」
義母が「でも、息子が…」と言いかけると、義父は声を荒げた。
「黙れ。お前が息子を甘やかしたから、こんな人間になったんだ」
そして夫に向き直った。
「お前は人として終わってる。妻が命をかけて子供を産んで、必死に育ててるのに、容姿を馬鹿にするとは」
夫は何も言い返せなかった。
義父は私に言った。
「嫁さん、実家に帰りなさい。俺が全部手配する。離婚するなら、全面的に協力する」
私は頷いた。
「ありがとうございます」
退院後、私は息子を連れて実家に帰った。
両親が温かく迎えてくれた。
「よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」
母の言葉に、私は初めて安心して泣くことができた。
数週間後、離婚調停が始まった。
義父が証人として出廷し、夫の発言と義母の加勢について証言してくれた。
「息子は産後の妻を侮辱し、精神的に追い詰めました。私は父親として、息子の行為を許せません」
調停委員も「これは酷い」と呆れた様子だった。
結局、親権は私が取得。慰謝料200万円と財産分与で貯金の8割を獲得。
調停が終わった後、義父が私に言った。
「嫁さん、本当にすまなかった。息子はもう勘当する。お前みたいな人間、俺の息子じゃない」
夫は「父さん、そんな」と言ったが、義父は背を向けた。
「二度と俺の前に現れるな」
それから1年。
私は実家で息子と穏やかに暮らしている。
産後うつも回復し、体重も自然に戻った。
無理なダイエットをやめて、健康的に食べて、息子と散歩する日々。
義父は今でも時々連絡をくれて、「孫に会いたい」と言ってくる。
義父だけは、いつでも歓迎している。
元夫は義母と二人で暮らしているらしい。
義母が「嫁を追い出した私たちが悪かった」と泣いているとか。
でも、もう遅い。
あの時、「太った」と言われた傷は、簡単には癒えない。
産後の女性を追い詰める人間には、必ず報いが来る。
因果応報。
私は今、息子と笑顔で過ごせる毎日に、心から感謝している。



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