「何の話?」
「お前の父親って…」
私は静かに言った。
「ああ、父のこと。言ってなかったっけ」
「聞いてない!」
私は父の名刺を取り出した。
「株式会社○○ホールディングス 代表取締役会長」
健人は固まった。
「これ…本物…?」
「当然よ」
「じゃあ、お前…」
「私は創業家の一人娘。会社の大株主でもあるわ」
健人の顔が真っ青になった。
「な、なんで教えてくれなかったの?」
「聞かれなかったから」
「そんな…」
私は続けた。
「あなた、私を『カフェで働くシングルマザー』って見下してたわよね」
「見下してない!」
「『俺が養う』『覚悟してる』って言ったわよね」
健人は黙った。
「父が会長だと知って、今、どう思ってる?」
「それは…」
「私と息子への態度、変わった?」
健人は何も言えなかった。
「やっぱりね」
私は帰ろうとした。
「待って!俺、本気でお前のこと—」
「本気で見下してたのよ」
私は振り返らずに去った。
その夜、健人の母親から電話があった。
「あなた、○○会長のお嬢様だったの?」
「はい」
「どうして教えてくれなかったの!」
「聞かれませんでしたから」
「息子が失礼なことを言ったのは謝るわ。だから—」
「もう遅いです」
「でも—」
「お義母さん、『前の旦那に捨てられたんでしょ』って言いましたよね」
母親は黙った。
「今更、私の実家が資産家だと知って態度を変えるんですね」
私は電話を切った。
翌週、驚くことが起きた。
【続きは次のページで】
健人の会社が、父の会社グループの下請けだったのだ。
システム開発の案件を、父の会社から受注していた。
年間契約で、健人の会社にとって最重要顧客。
父が私から事情を聞いて、静かに言った。
「取引を見直そうか」
「お父さん…」
「娘と孫を馬鹿にした会社とは、仕事できないな」
数日後、父の会社から通告があった。
「今後の発注量を大幅に削減します」
健人の会社は大混乱に陥った。
最重要顧客からの発注が激減。
会社の経営が急速に悪化した。
健人から必死のメールが来た。
「頼む。お義父さんに取引を続けてもらえるように言ってくれ。会社がヤバいんだ」
私は返信しなかった。
さらに数日後、健人がリストラ候補になったと聞いた。
会社の業績悪化で、人員削減が始まったのだ。
健人から最後のメールが来た。
「お前の実家が金持ちって知ってたら、子持ちとか全然気にしなかった。なんで教えてくれなかったんだ」
その言葉を見て、私は確信した。
健人は私を愛していたんじゃない。
「シングルマザーを養ってあげる優しい俺」に酔っていただけ。
もし私が本当に貧しかったら、結婚後も「養ってやってる」という態度だったはず。
父が言った。
「いい判断だったな」
「うん」
「本当に大切なのは、肩書きや家柄じゃない。人の心だ」
半年後、私は父の会社で働き始めた。
息子の教育も考えて、経営を学ぶことにした。
そこで出会った社員の一人と、付き合い始めた。
彼は最初から私が会長の娘だと知っていた。
でも彼は言った。
「お子さんがいるって聞いて、むしろ嬉しかったです」
「え?」
「三人で家族になれたら、って思いました」
彼は息子のことも本当に大切にしてくれた。
「養ってあげる」じゃなく、「一緒に幸せになろう」と言ってくれた。
1年後、私たちは結婚した。
息子も「新しいパパ、大好き」と懐いている。
健人は今でも就職活動中らしい。
友人から聞いた。
「元カレ、すごく後悔してるみたい」
「もう関係ないわ」
私は幸せだ。
私と息子を対等に尊重してくれる人と一緒にいられて。
因果応報。
人を見下した代償は、婚約破棄と仕事を失うこと。
父が教えてくれた言葉を、私は息子にも伝えている。
「本当に大切なのは、人の心だ」
その言葉を、私たち親子は一生忘れない。


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