「春香、今から行くわ」
「え?」
「その男、許せない」
母の声が、怒りで震えていた。
翌日、母が家にやってきた。
「お義母さん、どうしたんですか」
健二が、驚いた顔をした。
「あなたと話があるの」
母が、リビングに入ってきた。
私も、後ろに続いた。
母は、健二の前に立った。
「あなた、娘の料理を犬にやったんですって?」
「あ、それは…」
「それは、何?」
母の声が、冷たい。
「冗談ですよ。冗談」
「冗談?娘が泣いてたわよ」
健二が、バツが悪そうな顔をした。
「ちょっと言い過ぎただけで…」
「言い過ぎた?」
母が、一歩前に出た。
「娘の料理を犬にやったって。あなた、人間として終わってるわよ」
「そこまで言わなくても…」
「言うわよ。娘は毎日、仕事から帰って疲れてるのに、あなたのために料理を作ってた」
「それを犬にやった?最低ね」
健二が、顔を赤くした。
「でも、料理が不味いのが悪いんじゃないですか」
その瞬間、母の顔が変わった。
「不味い?じゃあ、あなたが作れば?」
「え?」
「料理が不味いって言うなら、自分で作ればいいでしょ」
「いや、でも俺は…」
「俺は、何?」
母が、腕を組んだ。
「男が料理なんて…」
「昭和かよ」
母が、鼻で笑った。
「娘は仕事もしてるのよ。フルタイムで」
「あなたと同じように働いて、帰ってきて家事もしてる」
「それなのに、感謝もせず、文句ばかり」
「挙げ句の果てに、料理を犬にやった?」
母の声が、だんだん大きくなっていった。
健二が、何も言えなくなった。
「あなた、奥さんに何をしてあげたの?」
「何を…?」
「家事は?手伝ったことある?」
「それは…」
「ないでしょ」
母が、断言した。
「娘から全部聞いたわ」
「あなた、家で何もしてない」
「仕事から帰ってきたら、ソファでゴロゴロ」
「ゲームして、スマホいじって」
「娘が料理してる間も、テレビ見てるだけ」
健二の顔が、青ざめていった。
「そんな男が、娘の料理に文句を言う資格あると思う?」
「それは…」
「ないわよ」
母が、私を見た。
「春香、離婚しなさい」
「お母さん…」
「こんな男と一緒にいる必要ない」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
健二が、慌てて立ち上がった。
「離婚とか、大げさですよ!」
「大げさ?」
母が、冷たく笑った。
「娘を犬以下に扱っておいて?」
健二が、言葉に詰まった。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「誰?」
健二が、怪訝な顔をした。
私が玄関を開けると、スーツを着た女性が立っていた。
「春香さんですね。お母様から依頼を受けました、弁護士の田中と申します」
「弁護士…?」
母が、後ろから言った。
「ええ、呼んだのよ」
健二が、固まった。
「弁護士って…何で…」
「離婚の手続きのためよ」
母が、リビングに戻った。
弁護士も、リビングに入ってきた。
「健二様、これまでの春香さんへのモラハラ発言、記録してあります」
弁護士が、書類を出した。
「モラハラ?俺がいつ…」
「『犬も食わない』『料理下手』『才能ない』」
「全て、モラハラに該当します」
健二が、青ざめた。
「これらを証拠に、慰謝料300万円を請求します」
「300万?そんな金ない!」
「では、分割でも構いません」
弁護士が、淡々と言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
健二が、私にすがりついてきた。
「春香、頼む!離婚だけは勘弁してくれ!」
「もう遅いわ」
私は、冷静に答えた。
「あなたは、私を大切にしてくれなかった」
「毎日頑張って作った料理を、犬にやった」
「そんな人と、これ以上一緒にいられない」
健二が、床に膝をついた。
「すまなかった…本当にすまなかった…」
「もう一度やり直そう…」
「やり直す気はありません」
私は、弁護士を見た。
「先生、手続きお願いします」
「承知しました」
それから2ヶ月後、離婚は成立した。
慰謝料300万円も、健二から支払われた。
健二は、一人暮らしを始めた。
友人から聞いた話では、毎日コンビニ弁当で、激痩せしたらしい。
「春香の料理、美味かったんだな…」
と、後悔しているそうだ。
でも、もう遅い。
私は、実家に戻って母と暮らしている。
母が、毎日美味しい料理を作ってくれる。
「春香の料理、美味しいわよ」
「ありがとう、お母さん」
私は、やっと自分を取り戻せた。
窓の外を見ると、桜が満開だった。
新しい人生が、始まっている。
【完】


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