それから1ヶ月後。 夫の会社が完全在宅勤務制度を導入した。
「来月から週3で在宅勤務になった」 「そうなんだ。じゃあ家にいる日は助かるわ」 「いや、仕事だから。邪魔しないでくれよ」
そして、私に転機が訪れた。 昔の職場から、週3のパート勤務のオファーが来たのだ。
「パートに出たいんだけど」 「え?専業主婦でいいじゃん」 「でも、社会復帰したくて…あなた在宅の日なら、娘を見てもらえるし」 「仕事しながら子供の面倒なんて無理だよ」 「大丈夫。子供と遊ぶだけなんだから、羨ましいでしょ?」
夫は言葉に詰まった。
「仕事に集中できないんじゃ…」 「私だって家事に集中したかったわ。でも『遊ぶだけ』なんでしょ?簡単よね」 「それは…」 「家にいるだけで楽なんでしょ?昼寝もできるかもよ?」
夫は渋々了承した。
最初の在宅勤務の日。 私は朝8時に出勤した。
夫から最初のLINEが来たのは、9時半だった。 『娘がずっと「ママがいい」って泣いてる。仕事にならない』
私は返信した。 「遊んであげれば機嫌直るわよ。簡単でしょ?」
10時半、電話が鳴った。 「あのさ、娘が全然言うこと聞かなくて…おもちゃも散らかし放題だし」 「片付けながら相手すればいいじゃない」 「仕事しながらは無理だって!」 「私は毎日、家事しながらやってたわよ」 「それは…仕事じゃないだろ」
私は冷たく言った。 「そう。専業主婦は楽だもんね。じゃあ余裕でしょ。頑張って」
電話を切った。
12時、また連絡が来た。 『昼ご飯どうすればいい?娘が「お腹空いた」って』
「冷蔵庫に作り置きあるから、温めて食べさせて」
『俺の分は?』
「自分で用意して。私も外で働いてるんだから」
13時半、ビデオ通話がかかってきた。 画面には疲れ切った夫と、泣いている娘が映っていた。
「お昼寝してくれない!ずっと泣いてて、仕事が全然進まない!」 「抱っこして寝かしつければいいじゃない」 「抱っこしても泣き止まないんだよ!」 「そう。子育てって大変よね」 「お前、毎日これやってるの…?」 「そうよ。『遊ぶだけ』って言ってたけど」
夫は絶句した。
3回目の在宅勤務の日。
夕方、私が帰宅すると、リビングは散らかり放題だった。 おもちゃ、食器、洗濯物が床に散乱している。
夫はソファで娘を抱っこしたまま、目を閉じていた。
「ただいま」 夫がゆっくり目を開けた。 「お帰り…もう限界…」
「あら、家でゆっくりできてよかったわね」 「ゆっくりなんて…一瞬もできてない…」 「昼寝はできた?」 「できるわけないだろ!娘がずっと…」
私は笑顔で言った。 「でも、子供と遊ぶだけで羨ましいんでしょ?」
夫は力なく首を横に振った。 「ごめん…完全に舐めてた…」
「仕事も全然進まない。会議中も娘が乱入してくるし」 「そうね。私が家事してる時も、ずっとそんな感じよ」 「洗濯も、掃除も、料理も…娘の相手しながらなんて無理だ」 「でも私、毎日やってるわよ?」 「信じられない…お前、すごいよ…」
夫は娘を抱っこしたまま、項垂れた。
「専業主婦って…仕事より大変かもしれない」 夫が夕飯を食べながら呟いた。
「やっと分かった?」 「仕事はメリハリがあるけど、育児って24時間だろ…?」 「そうよ。休憩時間もないし、相手は理屈が通じない2歳児よ」 「しかも誰も評価してくれないし、給料も出ない」 「そうね」
夫は箸を置いた。 「『楽でいい』とか『遊ぶだけ』とか…最低なこと言ってた」 「今、分かってくれたならいいわ」
「お前、よく毎日やってるな」 「やるしかないでしょ。母親なんだから」
夫はハッとした顔をした。 「俺が言ってたやつだ…『専業主婦なんだから当然』って」 「そう。あなたはそう言ってたわね」 「最悪だな、俺…本当にごめん」
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