「母さんは跡取りのことを心配してるんだよ」
「私、流産したばかりなのに」
「わかってる。でも母さんも悪気はないから」
夫は義母を庇った。
私は深く傷ついた。
退院後、私は義母のことが気になって仕方なかった。
なぜあんなことが言えるのか。
ある日、夫の部屋で古いアルバムを見つけた。
家族写真を見ていると、不思議なことに気づいた。
夫は一人っ子のはずなのに、写真の中に「お兄ちゃんの分も頑張ってね」と書かれたメッセージカードがあった。
お兄ちゃん?
私は義父に聞いてみた。
「お義父さん、夫にはお兄さんがいたんですか?」
義父の顔が曇った。
「ああ…実はな、妻が昔、妊娠7ヶ月で流産したことがあるんだ。男の子だった」
「そうだったんですか」
「それ以来、妻は男の子に異常な執着を持つようになってな。息子が生まれた時も、『お兄ちゃんの代わり』って言って」
私は背筋が凍った。
「お義母さん、私が流産した時、『次は男の子を』って言ったんです」
義父は深くため息をついた。
「それは…ひどいな。妻も同じ痛みを経験したはずなのに」
私はもっと詳しく知りたくて、夫の実家に残されていた古い日記を見つけた。
義母の日記だった。
そこには、流産した時の悲しみと、「男の子を産めなかった」という自責の念が綴られていた。
そして、「次に産まれてくる子には、お兄ちゃんの分も生きてほしい」と書かれていた。
義母も、私と同じように苦しんでいたのだ。
でも、なぜ私には同じ痛みを与えるのか。
私は義母に会いに行った。
「お義母さん、話があります」
義母は不機嫌そうに「何?」と言った。
「お義母さんも、男の子を流産してますよね?」
義母の顔色が変わった。
「…なぜそれを」
「お義父さんから聞きました。お義母さんも同じ痛みを経験したのに、なぜ私には『次は男の子を』なんて言えるんですか?」
義母は少し黙った後、驚くべきことを言った。
「だからよ。私は男の子を失った。だからあなたが、私の男の子を産んでほしかったの」
私は凍りついた。
「私の…男の子?」
「そうよ。あなたは私の息子の妻なんだから、私のために男の子を産むべきでしょ」
義母の目は異常な光を放っていた。
「お義母さん、それおかしいです。私の子供は、お義母さんの子供じゃありません」
「何言ってるの。跡取りは私たち家族のものでしょ」
私は恐怖を感じた。
義母の精神状態は、明らかに普通じゃない。
私は夫に全てを話した。
「お義母さん、精神的におかしいよ。『私の男の子を産んで』って言われたの」
夫は困った顔をした。
「母さんは…昔のことを引きずってるだけだよ。悪気はないんだ」
「悪気の問題じゃないよ!異常だよ!」
「母さんを責めるなよ。母さんも辛かったんだから」
私は愕然とした。
「あなた、自分の母親が異常だってわからないの?」
「異常じゃない。ただ、男の子を失った悲しみが残ってるだけだ」
「私だって赤ちゃんを失ったのに!」
夫は何も言わなかった。
私は理解した。
この家族は、異常だ。
夫も、義母の異常性に気づいていない。いや、気づきたくないのだ。
私は離婚を決意した。
「あなたとは、もう一緒にいられません」
「え?何言ってるんだ」
「あなたは私より、お義母さんの方が大事なんですね。私が流産して傷ついてる時も、お義母さんを庇った」
「それは…」
「お義母さんは精神的に問題があります。でもあなたはそれを認めない。あなたも異常です」
夫は何も言い返せなかった。
数週間後、離婚調停が始まった。
私は義母の発言と、夫が庇ったことを全て弁護士に話した。
弁護士は「これは精神的虐待に該当します」と言った。
調停委員も義母の発言を聞いて、「これは酷いですね」と呆れた様子だった。
離婚は成立。慰謝料200万円を獲得。
調停の最後、調停委員が夫に言った。
「お母様は、専門家のカウンセリングを受けることをお勧めします」
夫は黙っていた。
それから半年。
私は実家で穏やかに暮らしている。
流産の傷は、まだ完全には癒えていない。
でも、あの異常な家族から離れられて、心は少し楽になった。
先日、義父から連絡があった。
「嫁さん、すまなかった。妻を病院に連れて行ったら、医師から『カウンセリングが必要』と言われた」
「そうですか」
「妻は、長男を流産したトラウマをずっと抱えたまま生きてきたんだ。でも、それを他人に押し付けていいわけがない」
義父の声は沈んでいた。
「息子も、ようやく母親の異常性に気づいたみたいだ。でも、もう遅いよな」
私は何も答えなかった。
遅すぎる。
私が一番辛い時、誰も私を守ってくれなかった。
義母は今、カウンセリングを受けているらしい。
でも、私には関係ない。
私の失った赤ちゃんは、もう戻ってこない。
あの時言われた「次は男の子を」という言葉も、消えることはない。
因果応報。
他人の痛みを理解できない人間は、最後は孤独になる。
義母は今、自分の異常性と向き合っている。
遅すぎたけど、それが義母の報いだ。
私は今、新しい人生を歩み始めている。
いつか、心が癒えたら、また赤ちゃんを望むかもしれない。
でも、それは私のタイミングで。
誰かのためじゃなく、私自身のために。


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