私は黙って聞いていた。
怒りはあった。
でも泣かなかった。
その日から私は決めた。
この人から経済的に自立する。
娘が寝た後、私は毎晩2時間勉強した。
目標は社会保険労務士の資格。
拓也には「スマホを見てる」と思わせた。
産後の疲れた体で、テキストを開いた。
眠い夜も、娘が夜泣きした夜も、勉強を続けた。
「太りすぎ」と言われるたびに、テキストを1ページ余計に読んだ。
「甘えんな」と言われるたびに、過去問を1問余計に解いた。
拓也の暴言が、私の燃料だった。
1年後、私は社会保険労務士の試験に合格した。
合格率6%の難関資格だった。
その日、娘を抱きながら合格通知を見て、初めて泣いた。
でも拓也には言わなかった。
もう少しだけ、黙っていることにした。
資格取得から3ヶ月後、私は地元の社労士事務所から内定をもらった。
月収28万円。拓也の月収は32万円。
ほぼ同じだった。
その夜、私は拓也に言った。
「離婚してください」
拓也は鼻で笑った。
「お前、一人で生きていけると思ってんの?」
私は合格通知書と内定通知書を並べてテーブルに置いた。
「社会保険労務士、取りました。来月から働きます」
拓也の顔が固まった。
「あと、離婚の条件はこちらの弁護士に確認してください」
封筒を渡した。
中には弁護士からの書面と、1年分の暴言を録音したデータの目録。
そして産後の診断書。
「命に関わると言われていた状況で、あなたは体型を責め続けました。弁護士はモラハラと医療ネグレクトが認められると言っています」
拓也は真っ青になった。
「ま、待ってくれ。俺、診断書のこと知らなかった」
「見せました。あなたが読まなかっただけです」
「やり直せないか?お前が資格持ってるなら、二人で—」
「資格があれば大事にするんですか?」
拓也は黙った。
「1年前に同じことを言えましたか?言えなかったでしょ」
離婚が成立したのは、それから2ヶ月後だった。
慰謝料200万円。養育費は月8万円。
拓也から最後のメッセージが来た。
「資格取ってたなら言ってくれよ。そしたら大事にしたのに」
私は返信しなかった。
今、娘は1歳半になった。
私は社労士として働きながら、娘と二人で暮らしている。
「太りすぎ」と言われたあの体は、今は育児と仕事で自然と引き締まった。
でも体型なんてどうでもよかった。
あの日私が取り戻したのは、体型じゃなく自分自身だったから。



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