三月の終わり、私は三件目の面接の準備をしていた。
人事部に異動して三年。今では採用面接を一人でこなせるようになった。転職活動中の人たちと向き合い、話を聞き、書類に評価をつける。そういう仕事が、思いのほか自分に合っていた。
窓の外は薄曇りで、桜がもう少しで咲きそうだった。
「次の方、お呼びしますね」
隣の席の後輩・田中くんが立ち上がろうとするのを、私は手で制した。
「私が行くよ」
廊下を歩きながら、受付から受け取ったばかりの履歴書に目を落とした。
澤田 菜々子。28歳。前職、アパレル販売。
その名前を見た瞬間、指先がわずかに止まった。
澤田菜々子。
――まさか、ね。
よくある名前だ。私は自分にそう言い聞かせて、面接室のドアをノックした。
入ってきた女性を見た瞬間、私は確信した。
澤田菜々子だった。
中学時代のあの澤田だった。いつも教室の中心にいて、笑い声が一番大きくて、そして――私を、三年間かけてじわじわと壊していった、あの子だった。
当時の面影はあった。目鼻立ちのはっきりした顔も、少し高い鼻も。ただ、あの頃の派手さはなかった。髪は暗い色に染め直され、スーツはどこかくたびれていて、目の下に薄いクマがあった。
「本日はお時間をいただきありがとうございます。澤田菜々子と申します」
彼女は気づいていなかった。
私のことを。
「はい、よろしくお願いします。佐藤です」
自分の声が、思いのほか落ち着いていることに、少し驚いた。
面接は淡々と進んだ。
前職での経験、転職理由、志望動機。澤田は少し言葉を選びながら、丁寧に答えた。
「前の職場では、なかなか人に恵まれなくて……」
そう言って、彼女は少し苦笑いをした。
「うまくいかないことが続いて、正直しんどい時期もありました。でも、ここで心機一転、もう一度頑張りたいと思っています」
私はペンを走らせながら、ひたすら前を向いていた。
人に恵まれなかった。
その言葉が、胸の奥で小さく引っかかった。あの頃の光景が、断片的に浮かびあがってくる。教室の隅。誰も座らないように鞄が置かれた私の席。笑いながらこちらを見る澤田と、その周りの女子たち。
私はゆっくり息を吸って、次の質問に移った。
面接もそろそろ終わりに差しかかった頃、澤田がふと顔を上げた。
「……あの、すみません」
「はい」
「佐藤さんって、もしかして」
彼女は少し首を傾けて、私の顔をじっと見た。
「桜ヶ丘中学、ご出身じゃないですか?」
【後編は次のページで】



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