「やっぱり夢を諦めれない！仕事辞める！」
夫が突然そう言い出した。
「えっ今妊娠してるんだよ…？お金どうするの？」
私のお腹はもう6ヶ月。あと半年もしたら子供が生まれる。
「何とかなるでしょ！夫の夢も応援できないの？」
何とかなる？貯金は200万円しかない。出産費用や育児用品を買ったら、すぐになくなる額だ。
「夢って…何の夢？」
「昔からやりたかった音楽だよ。バンドで食っていきたい」
夫は35歳。今まで一度もその話を聞いたことがなかった。
結婚前、私は子供願望があったわけではなかった。でも夫が「子供欲しい」「早く家族が欲しい」と強く要望したから、予定より早めに妊活を始めた。
いざ妊娠すると、お腹の中の子供が愛おしくてたまらない。
でも、妊娠した途端、夫の態度が変わった。
「つわりくらいで仕事休むなよ」
「妊娠って病気じゃないんだろ？」
「俺の飯はどうすんの？」
そして今、仕事を辞めるという。
「ちょっと待って。出産費用は？生活費は？」
「お前が働けばいいじゃん。産後すぐ復帰できるでしょ」
「産後すぐ？赤ちゃんの世話は？」
「俺が家にいるから大丈夫」
もう頭が混乱してストレスで吐き気すらしてきた。
すると夫がさらにとんでもない事を言い出した。
夫「実は…」
【続き】
詐欺の発覚
「実は…音楽プロデューサーに才能を認められたんだ！」
夫は興奮した様子で続けた。
「この前、ネットで曲を投稿したら、大手音楽事務所のプロデューサーから連絡が来たんだよ！」
「え…？」
「『君には才能がある。デビューさせてあげる』って！だから仕事辞めてプロを目指すんだ！」
何かがおかしい。大手音楽事務所が、素人の投稿を見て突然スカウト？
「それ…本当に大手なの？」
「もちろん！有名アーティストも所属してるって！」
「で、その事務所の名前は？」
「えっと…『キラキラスターミュージックファクトリー』って言うんだけど」
聞いたことがない名前だった。
「ねえ、もしかしてお金要求されてない？」
夫の顔が一瞬強ばった。
「それは…プロになるための必要経費だから」
「いくら払ったの？」
「…50万円」
私の血の気が引いた。貯金200万円のうち、既に50万円が消えている。
「何に使ったの？」
「レッスン料と、プロモーション用のCD制作費…」
「それ、詐欺じゃないの？」
「詐欺じゃない！ちゃんとした契約書もあるし！」
夫は必死に否定したが、私の不安は消えなかった。
その夜、夫が寝た後、私はこっそり夫のスマホとパソコンを確認した。
メールには「キラキラスターミュージックファクトリー」からの大量のメッセージ。
「次はボイストレーニング料として30万円が必要です」
「プロモーションビデオ制作に50万円かかります」
「スタジオレンタル費として20万円…」
どんどん追加料金を要求している。
私はすぐにネットで「キラキラスターミュージックファクトリー 詐欺」と検索した。
出るわ出るわ、被害者の声。
「デビューできると言われて200万円払ったが、何も進まない」
「契約後、連絡が取れなくなった」
「警察に相談したが、返金は難しいと言われた」
間違いない。夫は詐欺に引っかかっている。
妻の機転と完全勝利
翌朝、私は夫を問い詰めた。
「これ、詐欺だよ」
「詐欺じゃない！お前が俺の夢を邪魔してるだけだろ！」
「ネット見て。被害者がたくさんいる」
夫は検索結果を見て、顔が真っ青になった。
「でも…プロデューサーがちゃんと電話してくれて…」
「それが手口なの。次々に追加料金を要求されて、最後は連絡が取れなくなる」
夫は崩れ落ちた。
「じゃあ…50万円は…」
「多分、戻ってこない」
でも、私は諦めなかった。
すぐに消費者センターに相談し、弁護士も紹介してもらった。
弁護士が言った。
「これは典型的な『デビュー商法』詐欺です。すぐに警察に被害届を出しましょう」
私は夫を連れて警察署へ。
刑事が言った。
「実は、この『キラキラスターミュージックファクトリー』は、すでにマークしている詐欺グループです。被害者が増えているので、近々摘発する予定でした」
「お金は戻ってきますか？」
「保証はできませんが、摘発後、被害額の一部は返還される可能性があります」
私は夫とやり取りしたメール、振込明細、契約書のコピー、全てを警察に提出した。
そして1ヶ月後。
ニュースで報道された。
「音楽デビュー詐欺で男女3人逮捕。被害総額5000万円」
夫も被害者として取材を受けることになった。
「夢を利用されて、お金を騙し取られました。妻が調査してくれなければ、もっと大金を失っていたかもしれません」
夫はテレビカメラの前で、情けない表情で語った。
親戚中がそのニュースを見ていた。
義母から電話がかかってきた。
「あんた…何やってるの…」
義父は激怒していた。
「妊娠中の嫁がいるのに、詐欺に引っかかるとは！恥を知れ！」
親戚のグループLINEでも話題になっていた。
「息子さん、テレビ出てたね…」
「奥さんに救われたみたいだけど、情けない…」
夫は完全に打ちのめされていた。
摘発の結果、詐欺グループから押収された現金のうち、被害者に一部返金されることになった。
私たちには30万円が戻ってきた。全額ではないが、ないよりはマシだった。
夫は這いつくばって謝った。
「ごめん…俺が馬鹿だった…」
「謝るだけじゃ足りないよ。すぐに仕事探して」
「わかった。明日からハローワーク行く」
夫は本当に翌日から必死に就職活動を始めた。
2週間後、前の会社より給料は下がるが、別の会社に再就職が決まった。
「もう二度と、変な夢は追わない。家族を守る」
夫は涙ながらに誓った。
義父母も呼んで、改めて謝罪の場を設けた。
義父が言った。
「お嫁さん、息子を見捨てずにいてくれてありがとう。あなたがいなければ、もっと大変なことになっていた」
義母も泣きながら言った。
「これからは私たちも、孫のために援助させて。出産費用は私たちが出すから」
それから数ヶ月後、無事に娘が生まれた。
夫は育児にも積極的に参加し、週末は家事も完璧にこなす。
「ごめんな。お前に全部押し付けようとして」
「もう二度としないでね」
「絶対にしない」
夫は今も、あの時の恥ずかしさを忘れていない。
親戚の集まりでは「詐欺に引っかかった情けない夫」として語り継がれている。
でも、それが夫を変えた。
今では誰よりも家族を大切にする、良い父親になった。
あの詐欺事件がなければ、夫はもっとひどいことになっていたかもしれない。
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