「でも、まだ確定じゃないでしょ?生まれてみないとわからないわよ。医者だって間違えることあるし」
「いえ、先生ははっきり女の子だと…」
「とにかく!生まれるまでわからないわ。男の子かもしれないじゃない」
義母は勝手に希望を持ち続けた。
出産当日。
陣痛が来て、病院に運ばれた。
長時間の出産を経て、無事に女の子が生まれた。
私は疲れ果てていたけど、娘の顔を見て涙が溢れた。
夫が義母に電話した。
「母さん、生まれたよ」
『やっぱり男の子だったでしょ?』
義母の第一声は、勝手な期待だった。
夫は少し間を置いて答えた。
「いや、女の子だよ。元気な女の子」
電話の向こうで、沈黙。
そして、義母は言った。
『…そう。残念ね』
ガチャン。
電話が切れた。
私は呆然とした。
「残念」?
私が命をかけて産んだ娘を、「残念」?
義母は一度も病院に来なかった。
お祝いの連絡もなかった。
退院後も、義母は孫に会いに来なかった。
一方、私の両親は毎週のように会いに来て、娘を可愛がってくれた。
それから2年が経った。
娘は元気に育っていた。
ある日、義母から久しぶりに電話があった。
『お兄さん夫婦が離婚したの』
義母の声は沈んでいた。
「え…そうなんですか」
『実はね、お兄さん夫婦、ずっと不妊治療してたのよ。でも授からなくて…』
私は初めて知った。
義母は続けた。
『だから、あなたに期待してるの。もう一人産んでちょうだい。今度は男の子を』
私の中で何かが切れた。
「お義母さん、私は出産マシーンじゃありません」
『何言ってるの。跡取りが必要なのよ』
「娘がいるじゃないですか」
『女の子は跡取りにならないって言ってるでしょ!』
義母の声が大きくなった。
「なら、お義母さんがもう一度産めばいいんじゃないですか」
私は冷たく言い放った。
義母は絶句していた。
電話を切った後、夫に言った。
「お義母さんから、もう一人産めって言われた」
夫は困った顔をした。
「母さん、ちょっと焦ってるんだと思う。兄さん夫婦が離婚して…」
「私は産みません。娘一人で十分です」
「わかった」
夫は頷いた。
それから数ヶ月、義母からの「もう一人産んで」攻撃が続いた。
電話、LINE、時には突然の訪問。
全て断った。
そんなある日、義父が倒れた。
病院に駆けつけると、義父は意識がもうろうとしていた。
医師から「長くない」と告げられた。
義父は最期の力を振り絞って、夫に言った。
「遺言書…金庫に…」
数日後、義父が亡くなった。
葬儀が終わり、遺言書が開封された。
弁護士が読み上げた。
「私の遺産の大部分は、唯一の孫である○○(娘の名前)に相続させる」
義母の顔が真っ青になった。
「え…唯一の孫?女の子なのに?」
弁護士は続けた。
「遺言には理由も書かれています。『妻は孫を性別で差別した。しかし、私にとって孫は孫。性別は関係ない。最初で最後の孫に、私の想いを託す』」
義母は何も言えなかった。
私は涙が溢れた。
義父は、ずっと見ていてくれたのだ。
遺産の8割が娘に、残りは夫と義兄で分けることになった。
義母には何も残されていなかった。
葬儀の後、義母が私に詰め寄ってきた。
「あなた、義父に何か吹き込んだんでしょ!」
「何も言ってません」
「嘘よ!じゃなきゃこんな遺言書くわけないわ!」
私は冷静に答えた。
「お義父さんは、全部見てたんですよ。お義母さんが娘を『残念』と言ったこと。一度も会いに来なかったこと。全部」
義母の顔が歪んだ。
「でも…女の子じゃ…」
「お義母さん、今でもそう思ってるんですね。娘は『女の子だから価値がない』って」
義母は何も言い返せなかった。
私は続けた。
「もう、お義母さんとは関わりたくありません。娘にも会わせません」
「そんな…孫に会いたいわ」
「『残念』な孫に、今さら会いたいんですか?」
義母は言葉を失った。
「これで終わりです。さようなら」
私は娘の手を引いて、義実家を後にした。
それから、義母とは完全に絶縁した。
義母からの連絡は全てブロック。
夫も「母さんのやったことは許せない」と、義母と距離を置いた。
今、娘は幼稚園に通っている。
義父から相続した遺産は、娘の将来のために大切に管理している。
先日、娘が言った。
「ママ、私、女の子でよかった?」
私は娘を抱きしめた。
「もちろんよ。女の子でも男の子でも、あなたはあなた。ママの大切な宝物よ」
娘は笑顔で頷いた。
義母は今、一人で暮らしているらしい。
義兄も義母と疎遠になり、ほとんど連絡を取っていないという。
因果応報。
孫を性別で差別した義母は、その孫からも、息子たちからも、遺産からも、全てを失った。
自業自得だ。
私は娘に、これからも言い続ける。
「あなたは素晴らしい。性別なんて関係ない。あなたはあなたのままで、完璧よ」
それが、義父の遺志を継ぐことだと思っている。



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