夫の弁当まで毒味を要求されるようになった。
「息子に何かあったら困るから、あなたが先に食べて」
私は毎朝、夫の弁当を一口食べさせられた。
夫が「母さん、やりすぎだよ」と言ったが、義母は聞かない。
「息子を守るのは母親の義務よ」
家族旅行で、私が作ったおにぎりを持参した。
義母が「本当に自分で作ったの?コンビニで買ったものじゃない?」と疑う。
「自分で作りました」
「嘘ね。こんなに綺麗に握れるわけない。買ったものでしょ?」
私は「本当に作りました」と言っても、義母は信じない。
「じゃあ証明しなさい。作ってる写真とか、材料のレシートとかあるでしょ?」
私はレシートを見せた。
義母は「ふーん…でも、これだけじゃ本当に作ったかわからないわね」と言って、それでも疑いの目で見ていた。
私はもう、作りたくなくなった。
私に子供が生まれた。
離乳食を作ると、義母が「孫に何かあったら大変だから、まず食べて」と要求してきた。
「お義母さん、離乳食ですよ」
「だから何?孫の安全が第一でしょ」
私は限界だった。
「もう嫌です」
「嫌なら食べさせなければいい」
義母は親戚にも吹聴していた。
「嫁の料理は危険だから、毎回毒味してるのよ」
親戚が私を危険人物のように見る。
私が「私の料理は安全です」と言っても、義母は「証明できるの?」と言い返す。
もう誰も私の料理を信用してくれなくなった。
ある日、義実家で食事をすることになった。
義母が「今日は私が全部作ったわよ」と得意げに言った。
テーブルには煮物、焼き魚、サラダが並んでいた。
私たち家族と義父、親戚が集まって食事を始めた。
義母の料理を食べた。
数時間後、異変が起きた。
私の腹が激しく痛み出した。吐き気もする。
夫も「腹が…」と苦しんでいる。
親戚も次々と「気持ち悪い」と言い出した。
義父が救急車を呼んだ。
病院で診断された結果は、食中毒だった。
「何を食べましたか?」
医師が聞くので、「義母の手料理です」と答えた。
保健所が義母の家を調査に来た。
台所を見た保健所の職員が、顔をしかめた。
「これは…酷いですね」
冷蔵庫を開けると、賞味期限が3ヶ月も過ぎた食材がそのまま入っていた。
まな板には黒いカビが生えていた。
使った後の食器も洗わずに放置されている。
保健所の職員が「これでは食中毒になるのも当然です」と言った。
義母が「でも私、ずっとこうしてたわ」と反論した。
「それが問題なんです。すぐに改善してください」
親戚全員が食中毒になった。
親戚が退院後、集まって話していた。
「義母の料理が原因だったのね」
「嫁の料理を毎回毒味させてたのに、自分の料理が一番危険だったなんて」
義母が恥ずかしそうに黙っている。
次の親戚の集まり。
義母が「反省して、ちゃんと作り直したわ」と料理を持参した。
でも、誰も手をつけない。
親戚が気まずそうに料理を見ている。
義母が「食べてよ。今度はちゃんと作ったから」と言う。
私の息子(5歳)が、義母の料理を一口食べた。
次の瞬間、息子がはっきりと言った。
「うわ、まずい!」
場が静まり返った。
義母が「え…?」と固まる。
息子は続けた。
「ママの料理の方が美味しい!」
義母が「そんな…孫ちゃん…」と声を震わせる。
息子は素直に言った。
「ばあばの料理、変な味する。ママのがいい」
親戚がクスクスと笑い始めた。
義母の顔が真っ赤になった。
私は冷静に言った。
「私の料理は毎回毒味させたのに、お義母さんの料理は孫も食べたがりませんね」
義母は何も言い返せなかった。
それから、義母は料理を作らなくなった。
家族の食事は全て私が担当するようになった。
親戚の集まりでも、私が料理を持参すると「美味しい」と褒めてもらえる。
義母は隅で小さくなっている。
息子は今でも「ママの料理が一番美味しい」と言ってくれる。
因果応報。
人を疑い続けた人間は、最後に信用を失う。
義母は今、誰からも料理を頼まれず、孤立している。
自業自得だ。
私は今、家族や親戚から「美味しい」と言ってもらえる毎日が、何より幸せだ。



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