「あなたが産めないなら、息子の種で代理出産してもらうわ」
義母が突然そう言い出したのは、私たち夫婦が不妊治療を始めて2年目のことだった。
私は34歳。夫と結婚して5年、子供ができずに専門クリニックで治療を受けている。タイミング法、人工授精と試してきたけど、なかなか授かれない。精神的にも辛い日々が続いていた。
「え?代理出産って…何を言ってるんですか」
「だって時間がないでしょ?あなたの卵子じゃなくてもいいのよ。とにかく孫が欲しいの。息子の遺伝子さえあれば」
義母は本気の顔で言った。
「義母さん、それは私たち夫婦の問題です。勝手に決めないでください」
「何言ってるの。跡取りの問題は家全体の問題よ。あなた一人の都合で家を絶やすわけにはいかないの」
夫に相談すると、「母さんは焦ってるだけだよ。気にしないで」って。全然深刻に受け止めてない。
それから1ヶ月後。
私がクリニックに通院した時、受付の人が不思議そうな顔で言った。
「あの、先日お義母様からお電話があったんですが…」
「義母から?」
「はい。『嫁が治療をサボっている。ちゃんと通院させてほしい』とおっしゃって。でも○○さん、しっかり通院されてますよね?」
私は頭が真っ白になった。
「義母が電話してきたんですか?」
「はい。あと『もし嫁の卵子がダメなら、別の卵子で治療できないか』とも聞かれました。もちろん、そのようなことはご本人の同意なしにはできませんとお断りしましたが」
信じられなかった。
義母は私の治療に勝手に介入しようとしていた。しかもクリニックに直接電話までかけて。
家に帰って夫に報告すると、夫は「そんなわけない。母さんがそこまでするはずない」と信じない。
「じゃあクリニックに確認してみて!」
夫が電話すると、受付の人が同じことを説明した。夫の顔が青ざめた。
「母さん…何やってるんだよ…」
翌日、夫と一緒に義母を問い詰めた。
すると義母は、とんでもない事を言い出した。
【続く】
「お母さん、なんで私のクリニックに電話したんですか」
義母は悪びれもせず答えた。
「だってあなた、ちゃんと治療してるのかわからないじゃない。心配だったのよ」
「心配?私の医療情報を勝手に聞き出そうとしたんですよね」
「そうよ。だって私にも孫を持つ権利があるんだから」
「権利?」
「そうよ。あなたが産めないなら、別の方法を考えないと。私、もう代理出産の業者にも相談してるの」
私は耳を疑った。
「業者?いつの間に」
「先月よ。ちゃんと信頼できるところを探したわ。費用は私が出すから、あなたたちは心配しなくていいの」
夫が声を荒げた。
「母さん、何勝手なことしてるんだよ!俺たちが決めることだろ!」
「あなたたちが決めないから、私が動いてるのよ。このままじゃ時間だけが過ぎるでしょ」
私は冷静に言った。
「義母さん、これ以上私たちの治療に介入するなら、法的措置を取ります」
「法的措置?何よそれ。私は孫のために頑張ってるのよ」
「あなたのやってることは、プライバシーの侵害です。クリニックへの虚偽報告も名誉毀損に当たります」
義母の顔が強張った。
「名誉毀損?そんな大げさな…」
「大げさじゃありません。私の医療情報を勝手に聞き出そうとして、『治療をサボってる』という嘘を流した。これは立派な名誉毀損です」
私は事前に弁護士に相談していた。弁護士は「十分に訴訟可能」と言っていた。
「それに、代理出産を私たちの同意なく勝手に進めようとした。これは私たち夫婦の生殖の権利を侵害する行為です」
義母は言葉を失った。
夫が静かに言った。
「母さん、もう限界だよ。母さんのやってることは異常だ」
「異常?私が?」
「うん。母さん、一度病院行こう。精神科に」
義母は顔を真っ赤にして叫んだ。
「私が病気だって言うの!?ひどい!私はあなたたちのためを思って!」
「誰のためでもない。母さん自身のためだよ。母さん、自分で自分をコントロールできなくなってる」
義母は泣きながら帰っていった。
その後、義父が謝罪に来た。
「息子さんと話しました。妻を精神科に連れて行きます。申し訳ございませんでした」
義父は頭を下げた。
数週間後、義母は精神科で「妄想性障害の疑い」と診断された。孫への執着が病的なレベルに達していたらしい。治療が必要と判断され、カウンセリングと投薬治療が始まった。
それから半年。
義母とは距離を置いている。義父から「少しずつ落ち着いてきた」と連絡があったけど、私たちはまだ会う気になれない。
そして、私たちにも変化があった。
治療を続けた結果、ついに妊娠することができた。今、妊娠4ヶ月。
義母にはまだ報告していない。もう少し安定してから、義父を通じて伝えるつもりだ。
義母の暴走は、私たち夫婦の絆を逆に強くした。夫は完全に私の味方になってくれた。
「母さんのこと、本当にごめん。俺が甘く見てた」
夫は何度も謝ってくれた。
人の生殖に勝手に介入しようとする。
それがどれだけ恐ろしいことか、義母はわかっていなかった。
でも、代償は大きかった。
孫への執着で、逆に孫に会えなくなる。
因果応報とは、こういうことなんだと思った。



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