彼「結婚したら、母さんと同居な」
プロポーズの言葉の後に、さらりと言われた。
「え…同居?」
「うん。母さん一人だし、当然だろ?」
交際3年、彼は完璧な人だと思っていた。
優しくて、仕事もできて、将来有望。
でも、結婚の話が出た途端、様子がおかしくなった。
「明日、母さんに挨拶の服装見せて」
「え、自分で決めていいよね?」
「ダメに決まってるだろ。母さんに失礼のないようにしないと」
「デート、土曜日にしよう」
「ちょっと待って、母さんに確認してから」
「料理教室、通ってくれる?母さんが言ってるんだ」
「でも、私仕事忙しくて…」
「結婚したら専業主婦になるんだから、今から練習しといた方がいいって」
全てが「母さんが」「母さんが」。
彼は自分で何も決められなくなっていた。
「ねえ、少し自分で決めてもいいんじゃない?」
「は?母さんは人生の先輩だぞ?意見聞くの当然だろ」
「でも、結婚するのは私たちだし…」
「お前、母さんをバカにしてるの?」
不安を感じながらも、彼のことは好きだった。
きっと、結婚したら変わるはず。
そう信じて、顔合わせの日を迎えた。
レストランの個室。
彼の母が、にこやかに座っていた。
この後、彼の母の発言に私は絶望した…。
【続き】
「初めまして」
「あら、○○さんね。うちの息子と結婚できるなんて、ラッキーね」
「は、はい…よろしくお願いします」
「ところで、いくつか条件があるの」
彼母は、バッグから分厚い書類を取り出した。
A4用紙…10枚。
「嫁ルール」と書かれていた。
ページをめくると、びっしりと文字が並んでいる。
・毎朝5時起床、義母への挨拶必須
・食事は全て手作り、冷凍食品・惣菜は禁止
・彼の服は全てアイロンがけ、ボタンのチェック毎日
・義母への毎日の電話報告(夕食メニュー、彼の様子)
・月1回の義実家での料理発表会
・孫は3年以内に2人以上
・専業主婦になること(仕事は結婚と同時に退職)
・友人との外出は月1回まで、義母の許可制
・美容院は2ヶ月に1回、義母同伴
・彼の小遣いは妻が管理、義母に月次報告
まだまだ続いている。
手が震えた。
「これ、ちょっと厳しすぎませんか?」
「あら、これくらい当たり前よ。できないの?」
「いや、でも…私も仕事があるし」
「だから辞めるのよ。息子の稼ぎで十分でしょう?」
彼を見た。
助けてほしかった。
でも、彼は…
「ちゃんとやるって言えよ」
冷たい目で、私を睨んでいた。
「え…?」
「母さんがせっかく考えてくれたんだから」
「でも、これ…」
「お前、結婚する気あるの?」
心臓がバクバクしていた。
これは、おかしい。
絶対におかしい。
「少し…考えさせてください」
「は?何を考えるの?」彼母が言った。
「この条件、全部飲まないと結婚できないなら…」
私は、震える手で婚約指輪を外した。
「ごめんなさい。私には無理です」
「は?」
彼が立ち上がった。
「お前、今何した?」
「私、この結婚…無理だと思う」
「ふざけんなよ!今まで費やした時間はどうなるんだよ!」
彼母も立ち上がった。
「慰謝料請求するわよ!婚約破棄は立派な不法行為なんだから!」
両親の登場
「それは私たちにも言えることですね」
個室のドアが開いた。
父と母が、そこに立っていた。
「な…誰だよお前ら!」彼が叫ぶ。
「娘の両親です」
父は落ち着いた声で言った。 スーツ姿の父は、完全に「仕事モード」だった。
「勝手に入ってくんな!プライバシーの侵害だぞ!」
「失礼。隣の個室におりました。娘から緊急の連絡を受けましたので」
母が私の隣に座り、肩に手を置いた。
「大丈夫?」 「…うん」
彼母が金切り声を上げた。
「何なのよあなたたち!非常識ね!」
「非常識?」
父がテーブルを見た。 そこには「嫁ルール」の書類が、広げられたまま。
父は書類を手に取り、ページをめくり始めた。
静寂。
ページをめくる音だけが、個室に響く。
5ページ、6ページ、7ページ…
父は最後のページまで読み終えると、ゆっくりと書類を置いた。
そして、メガネを外した。
「…これは、ひどい」
弁護士・父の分析
「何がひどいのよ!当たり前のことしか書いてないわ!」彼母が反論する。
父は冷静に答えた。
「当たり前?では一つずつ見ていきましょう」
父は再び書類を手に取った。
「『毎朝5時起床、義母への挨拶必須』」 「これ、労働基準法の観点から見ると、休息時間の侵害に該当する可能性があります」
「「専業主婦になること、仕事は結婚と同時に退職』」 「職業選択の自由。日本国憲法第22条で保障された基本的人権の侵害です」
彼母の顔色が変わり始めた。
「『友人との外出は月1回まで、義母の許可制』」 「これは行動の自由の制限。民法上の不法行為、場合によっては監禁罪の構成要件を満たします」
「ちょ、ちょっと…そんな大げさな…」
父は続けた。
「『孫は3年以内に2人以上』」 「リプロダクティブ・ライツ、つまり生殖に関する自己決定権の侵害です」
「『美容院は2ヶ月に1回、義母同伴』」 「個人の自由への過度な干渉。ストーカー規制法に抵触する恐れがあります」
父は書類をテーブルに叩きつけた。
「私は弁護士として30年、家族問題を扱ってきましたが、」
「ここまで悪質な支配の証拠を、文書で残してくれたケースは初めてです」
母の反撃
母が、静かに口を開いた。
「一つ、伺ってもよろしいですか?」
彼母を見つめる。
「息子さんの年収は、おいくらですか?」
「350万よ!大手メーカーの正社員なのよ!立派でしょう!」
母は、にっこりと笑った。
その笑顔が、逆に怖かった。
「そうですか。うちの娘、年収600万円なんです」
「…え?」
彼の顔が、みるみる赤くなる。
「大手IT企業でシステムエンジニアをしており、今年プロジェクトリーダーに昇進しました」
母は、書類を指差した。
「それを捨てて、専業主婦ですか?」
「朝5時起床で、お義母さんへのご挨拶ですか?」
母の声が、一段と冷たくなった。
「息子さんの年収の、1.7倍ですよ?」
「しかも娘には、会社の借り上げマンション、家賃8割補助、退職金も2000万円以上の見込みがあります」
「それを全部捨てろ、と?」
彼母が、言葉を失っている。
母は畳み掛けた。
「ちなみに、うちの娘の貯金、現在800万円あります」 「あなたの息子さんは?」
「…それは」
「聞くまでもないですね。おそらく100万円もないでしょう」
彼が、椅子にへたり込んだ。
彼の本性露呈
「ふざけんな!」
彼が突然、テーブルを叩いた。
「女のくせに生意気なんだよ!年収とか貯金とか!」
「だから専業主婦になって、俺に従えって言ってんだろ!」
その瞬間。
父と母が、私を見た。
「…聞いたわね」母が呟く。
「ええ、しっかりと」父が頷く。
私は、気づいた。
父のスーツの胸ポケットから、小さなICレコーダーが覗いている。
「女のくせに、ですか」
父が、冷たい声で繰り返した。
「今の発言、録音させていただきました」
「は?」
「これは明確な性差別発言、パワーハラスメントに該当します」
父はICレコーダーを取り出した。
「さらに、お母様の『嫁ルール』も撮影済みです」
「証拠は十分に揃いました」
慰謝料の逆請求
「ちょっと待って!まだ何も決まってないでしょ!」彼母が慌てる。
父が立ち上がった。
「いえ、もう決まりました」
父は、バッグから名刺を取り出した。
「山田法律事務所 代表弁護士 山田太郎」
「娘の婚約破棄には、正当事由が認められます」
「むしろ、こちらから慰謝料を請求することも可能です」
「な…何だと…」
「娘は、あなたとの結婚を信じて3年間、真剣に交際してきました」 「しかし、結婚直前にこのような非常識な条件を提示された」 「これは『詐欺的な婚約』に該当する可能性があります」
父は、書類を高く掲げた。
「この『嫁ルール』、他の女性にも見せたことがあるんじゃないですか?」
彼の顔が、蒼白になった。
「もしそうなら、常習性が認められます」 「婚約詐欺、精神的苦痛への損害賠償、請求額は…そうですね」
父は、電卓を取り出した。
「3年間の交際期間、結婚準備にかけた費用、精神的苦痛…」
「300万円は堅いでしょう」
「さ、300万!?」彼が叫ぶ。
「あくまで最低ラインです。裁判になれば、もっと上乗せされるかもしれません」
母の最後の言葉
母が、彼母に向かって言った。
「私にも息子がいます」
「息子には、こう教えてきました」
「『結婚相手は、あなたのお母さんじゃない。パートナーとして対等に尊重しなさい』と」
母の目が、潤んでいた。
「あなたは、息子さんを潰しましたね」
「息子さんは、あなたの所有物じゃないんです」
「自分で考え、自分で決断し、自分の家庭を築くべき一人の大人なんです」
彼母が、震えている。
「で、でも…息子は私が育てたのよ…」
「だから何ですか?」
母の声は、厳しかった。
「育てたから支配していい?」 「育てたから人生を決めていい?」
「それは、愛じゃない。エゴです」
退出
私は立ち上がった。
婚約指輪をテーブルに置いた。
「さようなら」
彼を見る。
「あなたのこと、好きだった」
「でも、あなたは私を見てくれなかった」
「ずっと、お母さんの顔色ばかり伺っていた」
「それじゃあ、結婚なんてできない」
彼は、何も言えなかった。
母が私の手を取った。
「行きましょう」
父が、支配人を呼んだ。
「すみません、個室料金は私が支払います。ご迷惑をおかけしました」
支配人は、小声で言った。
「いえ…実は、このお客様(彼母を見る)、過去にも似たようなトラブルが…」 「お嬢様のご判断、正しいと思います」
私たち3人は、レストランを出た。
背後から、彼母の「ちょっと待ちなさい!」という声。
父が、振り返らずに言った。
「娘には二度と連絡しないでください」
「接触があれば、警察に通報します」
駐車場にて
車に乗り込んだ瞬間。
私は、崩れ落ちるように泣いた。
「お父さん…お母さん…」
「よく決断したな」
父が、頭を撫でてくれた。
「あなたは、何も悪くないのよ」
母が、抱きしめてくれた。
「3年間…無駄にしちゃった…」
「無駄じゃない」父が言った。
「3年で気づけたんだ。結婚してから気づくより、ずっといい」
「お父さんとお母さん、怒ってない?」
「怒る?」母が笑った。
「むしろ誇りに思うわ。あんな条件、きっぱり断れたんだもの」
車は、実家へ向かって走り出した。
窓の外の景色が、涙で滲んでいた。
でも、不思議と心は軽かった。
1週間後:彼からの連絡】
彼から、毎日のようにLINEが来た。
「結婚ルールは撤回する」 「母さんとは別居でいい」 「頼む、考え直してくれ」
全て無視した。
そして、こんなLINEが届いた。
「お前の親父のせいで、会社に変な噂が流れてる」 「人事から呼び出された」 「どうしてくれるんだ」
父に見せると、父は言った。
「ああ、彼の会社に『娘へのハラスメント行為があった』と通報しておいた」
「え!?」
「人事部と話したが、彼は社内でも『マザコン』『自分で決められない』と有名らしい」 「近々、処分があるだろう」
「お父さん…」
「娘を傷つけた男を、放っておけるわけないだろう」
父は、珍しく笑った。
1ヶ月後:完全決着】
彼から、最後のLINEが来た。
「会社、辞めた」 「全部お前のせいだ」 「訴えてやる」
私は、弁護士である父に相談した。
父は即座に、内容証明郵便を送付。
「貴殿からの接触は、ストーカー規制法に該当する恐れがあります。今後一切の連絡を禁じます。違反した場合、法的措置を取ります」
それ以降、彼からの連絡は途絶えた。
そして、意外な情報が入ってきた。
支配人の言葉通り、彼には「元婚約者」が3人もいたらしい。
全員、同じ「嫁ルール」を提示されて、逃げ出していた。
私は4人目だった。
3ヶ月後:新しい人生】
実家で両親と夕食を食べていた時。
「そういえば、会社の後輩の男性、紹介したいって言ってたわよ」母が言った。
「え…まだ早いよ」
「別に結婚前提じゃないわ。友達としてでも」
「どんな人?」
「お母さんとは疎遠らしいわ。『自立してる』って評判の人」
私は、少し笑った。
「…会ってみようかな」
父が、新聞から顔を上げた。
「今度は、俺たちもちゃんと最初から見させてもらうからな」
「うん。ありがとう」
窓の外は、春の夕暮れ。
新しい季節が、始まろうとしていた。



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