一瞬、時間が止まった気がした。
「……どうでしたっけ」
私は視線を履歴書に落としたまま、そう返した。自分でも驚くくらい、声は揺れていなかった。
「あ、すみません。なんか雰囲気が似てる方がいたなと思って。人違いだったらすみません」
澤田は苦笑いをして、小さく首を振った。
「いえ、気にしないでください。では以上で終了です。結果は一週間以内にご連絡します」
「ありがとうございました」
彼女が深く頭を下げて、部屋を出ていった。
採点シートを前に、私はペンを走らせた。
スキル評価、コミュニケーション、志望度。どの項目も、合格ラインを超えていた。迷いはなかった。私は採用担当として、正しい仕事をするだけだ。
合格。
一週間後、澤田菜々子は入社した。
初出社の朝、総務の田中くんが澤田を連れて各部署を回ってきた。
「人事部の皆さん、新しく入られた澤田さんです」
「よろしくお願いします!」
澤田は元気よく頭を下げた。そして顔を上げた瞬間、私と目が合った。
私はゆっくりと立ち上がり、静かに微笑んだ。
「ようこそ。教育担当の佐藤です。これからよろしくね、澤田さん」
澤田の表情が、みるみる凍っていった。
私が誰なのか、ようやくわかったのだろう。あの頃、教室の隅で毎日泣いていた、あの地味な女子が誰なのか。
「わ、わたし……あの……」
「あ、言い忘れてた」
私はにっこり笑って、一言だけ付け加えた。
「面接、合格にしたのは私だよ。――桜ヶ丘中学、同じクラスだったね。」
澤田の顔から、すっと血の気が引いた。
私はそれ以上何も言わず、自分の席に戻った。
窓の外では、桜が満開だった。



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