私は、頷いた。
義父が、慌てて立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待て!」
「待ちません」
母が、冷たく言った。
「娘を大切にしてくれない家に、置いておけません」
「隆!お前も何か言え!」
義父が、隆に訴えた。
隆が、困った顔をした。
「父さん…でも、母さんの言う通りかも…」
「お前まで!」
義父が、愕然とした。
私は、荷物をまとめ始めた。
「待ってくれ!」
義父が、私の前に立ちはだかった。
「頼む…出ていかないでくれ」
「どうしてですか?」
私は、冷静に聞いた。
「だって…俺、一人じゃ何もできないんだ…」
「それは、お義父さんの問題です」
「頼む!」
義父が、土下座した。
「すまなかった…調子に乗ってた…」
「お前に、母さんの代わりを押し付けて…」
義父が、頭を床にこすりつけた。
母が、腕を組んだ。
「口だけでしょ?どうせまた同じことを繰り返すわ」
「繰り返さない!もうしない!」
義父が、必死に言った。
「じゃあ、約束してください」
私が、言った。
「自分のことは、自分でやる」
「私に文句を言わない」
「感謝の言葉を言う」
「約束する!全部約束する!」
義父が、涙目で言った。
私は、母を見た。
母が、ため息をついた。
「まあ、一度だけチャンスをあげてもいいけど」
「破ったら、即出ていくからね」
「わかった!絶対に守る!」
それから、義父は変わった。
朝食は、自分で作るようになった。
最初は焦げた目玉焼きだったけど、だんだん上手になっていった。
洗濯も、自分の分は自分でやるようになった。
掃除も、手伝ってくれるようになった。
そして何より、文句を言わなくなった。
「恵、今日の夕飯美味しいな」
「ありがとうございます」
「いや、こっちこそありがとう」
義父が、初めて感謝の言葉を言った。
ある日、義父が言った。
「俺、母さんに感謝したことなかったな」
「全部当たり前だと思ってた」
「でも、こんなに大変だったなんて…」
義父が、義母の遺影を見た。
「母さん、ごめんな」
義父の目が、潤んでいた。
私も、義母の遺影に手を合わせた。
義母は、いつも笑顔で家族を支えてくれていた。
感謝されることもなく、文句を言われても。
それでも、家族を愛してくれていた。
数ヶ月後、義父は料理教室に通い始めた。
「今日はカレーを作ったぞ」
義父が、得意げに言った。
「美味しそうですね」
「食ってみろ。先生に褒められたんだ」
一口食べると、意外と美味しかった。
「本当に美味しいです」
「だろ?」
義父が、嬉しそうに笑った。
母が、家に遊びに来た。
「あら、お義父さん。随分変わったわね」
「ああ、あの時は本当にすまなかった」
義父が、母に頭を下げた。
「あなたのおかげで、目が覚めたよ」
「当然のことを言っただけですよ」
母が、微笑んだ。
私は、窓の外を見た。
桜が、満開だった。
新しい季節が、始まっている。
今度は、感謝と尊重のある家族として。
【完】



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